活動報告

政研フォーラム「第14回海外調査概要報告」

 2024年の政策研究フォーラム主催の第14回目海外調査は、アメリカとカナダを対象とし、8月24日から31日までの8日間にわたって実施されました。
 コロナ後の世界は、ウクライナ戦争やパレスチナ情勢による政治的分断が深まり、グローバル経済からブロック化への動きが懸念されています。重要な天然資源などの戦略物資の貿易、資本・技術・労働者の国境を越えた移動に対する制限などの強化は、今後の日本のサプライチェーン強化、安全保障にとって大きな課題となります。
 今年は世界の多くの主要国で大統領や議会の選挙が行われます。特に、アメリカ大統領選の行方は、今後のアメリカ政府の外交・政策スタンスに大きな変化を引き起こすことが懸念され、その結果によっては世界情勢をも左右しかねません。アメリカの安全保障戦略は、世界の大きな関心事である上に、貿易政策、財政・金融政策、移民政策、半導体やEVをはじめとする先端技術開発などが自国優先主義に向かえば、世界の政治・経済への影響も計り知れません。また、物価上昇が続く中で賃金上昇に向けた労働組合運動の活性化にも関心が寄せられています。そこで、まず、アメリカの大統領選の動向を見据えつつ、安全保障戦略や産業政策、労働組合運動の方向性を調査しました。  こうした状況にあって、アメリカと歴史的にも地理的にも密接な関係を持つカナダ政府は、経済・外交の包括的なロードマップとなる経済安全保障戦略を発表しました。経済大国として影響力を強める中国と距離を置き、今後はインド太平洋地域との連携に重点を置く姿勢を打ち出しています。カナダは、G7のメンバーの中でも日本にとってアジア太平洋地域の重要なパートナーとして幅広い分野で密接に協力しています。中台関係の緊張や北朝鮮の脅威が深まり、インド太平洋地域の安全保障は日本にも共通する重要課題です。
 また、カナダは数少ないエネルギー資源純輸出国の一つです。従来、アメリカ、ヨーロッパを中心としていた輸出先が、太平洋を起点とする新たな方向へと今後の展開が期待されます。日本企業にもインフラ整備に向けた外資導入や雇用創出など、新たなビジネス展開での協力関係が期待されています。さらに、世界の国々が少子高齢化、労働力不足に直面するなかで、カナダは労働力の減少を止める手段として積極的な移民受け入れ政策を打ち出しています。移民問題が治安の悪化、社会不安による排他的な動きに向かう国が増える一方で、高度なスキルの人材確保競争が世界的に激化する中、労働市場の拡大とともに人口増にもつなげようとするカナダの試みは大いに参考になります。
 このように、第14回海外調査では、 多数の重要課題のうち、安全保障、エネルギー・環境、 移民・労働政策を中心に、現状と実態の把握、連邦政府や地方政府の取組み、企業レベルでの民間協力、労働組合運動の状況などについて情報収集と意見交換を行いました。
 今回の調査を行うに際しては、 多くの機関、団体ならびに個人の方々に協力をしていただきました。とりわけ、在アメリカ日本国大使館の参事官、書記官ならびに、在カナダ日本国大使館の大使、公使、書記官の皆様からは、懇切丁寧な対応と説明を頂戴し、心から御礼申し上げます。 短い期間の中で充実した調査の実現にご協力、ご尽力いただきました皆様、とりわけ外務省北米局北米第一課の皆様、川合孝典参議院議員に厚く御礼申し上げます。

1.日程 2024年8月24日(土)~8月31日(土)
2.訪問国 アメリカ(ニューヨーク、ワシントン)・カナダ(オタワ)
3.訪問先

1)アメリカ(ワシントン)
 (1) 戦略国際問題研究所(CSIS)ヒアリング(8月26日(月) 10:00~11:00)

エリン・マーフィー 氏
スジャイ・シバクマール 氏
中村まづる団長(左)川合 孝典参議院議員・副団長(右)
ヒアリング風景

*マーフィー氏から、皆さんが今回の調査を企画されている段階で考えていた今回の大統領選挙と、こちらに実際に着かれた時の状況とはだいぶ違うかと思います。この数週間でいろいろな変化、動きがありました。
まず、トランプ前大統領に対する暗殺未遂事件、そしてトランプ前大統領が副大統領候補としてJDバンスを選んだこと、そしてバイデン大統領が討論会の際にかなり悪いパフォーマンスを見せたこと、そのバイデン大統領が撤退を決めたことです。そして、民主党候補としてハリス。副大統領候補としてティム・ウォルズ知事が選ばれたことなど、本当にここ最近共和党にしても民主党にしてもいろいろな動きがありました。それがアメリカ国民の目に、それぞれの党や今の熱気の度合いの見え方にも影響を与えてきたと述べた。
スジャイ氏からは半導体に関しては、ハリス政権が誕生したとしてもトランプ政権が誕生したとしても、中国による台湾に対する威圧は、どちらの場合でも懸念事項になる。引き続き、台湾に対する中国による攻撃を防ぐために、どちらの政権の場合でも引き続き日本と協力していく形になると思います。また、CHIPS法は、共和党、民主党両党の強い支持によって成立したもので、どちらの政権になったとしても、CHIPS法も含めてアメリカの高度な技術を守るための法律の実行化が強く支持されると思うと述べた。

(2) 笹川平和財団USAヒアリング(8月26日(月) 15:00~16:00)

ジェームズ・ショフ 氏
ヒアリング風景
ヒアリング風景
笹川平和財団USAオフィスにて

*ショフ氏より、アメリカ経済に関しては、コロナ禍後のマクロ経済を見ると、比較的好調な推移をしてきたと思っています。特にインフレは多くのアメリカ国民にとって痛みを伴うものではありましたが、しかしそれはアメリカが70年代の半ばから後半にかけて経験したものとはほど遠いインフレでした。
1974年から1981年までの8年間の平均年間インフレ率は9.4%に達していました。その後2021年までの間は、約2%~4%で推移していたのが、2021年になると5%弱となり、2022年には8%、2023年は4.1%となり、現在、約3%となっておりますので意外に早く収まったという傾向です。
このようなインフレを最近経験しましたが、そのなか実質賃金は、わずかではありますが過去1年間で0.8%増えています。その要因は労働市場がタイトになっており、コロナ禍の経験を受けて、企業としては、なるべく従業員を引き止めておきたいという考えになってきたことが要因として言えます。
また生産性が一定程度向上していること、そして一部労使交渉が成功したような事例もあり、実質賃金は上がっていると述べた。

(3)在アメリカ合衆国日本国大使館ブリーフィング(8月26日(月)16:30~17:30)

中西 勇介 参事官
左から宮本書記官、中西参事官、伏木書記官、窪田書記官、吉本書記官ブリーフィング風景
ブリーフィング風景
在アメリカ日本国大使館旧公邸前にて

*中西参事官より現時点の情勢として、大統領選挙について、銃撃事件後の勢いそのままに共和党は党大会をウィスコンシン州ミルウォーキーで開催し、今までにないほどの団結、結束力を感じられる党大会だったと感じました。共和党の中にも、右に寄っている方々と伝統的な保守と言われている方々がいて、それぞれの州によってはギクシャクしていますが、銃撃事件の一件から一丸となってトランプ氏を支持していこうという熱意があったように思います。しかし、その後にバイデン大統領の撤退とハリス副大統領の立候補が表明され、このプロセスが民主党の中で思った以上にスムーズにエンドースされたことで、民主党が巻き返しに攻勢した形になりました。ハリス氏とトランプ氏のマッチアップ表でも、その時期からの逆転が確認されています。いろいろな統計があるのですが、ここではニューヨークタイムズの統計なので若干バイアスがかかっておりますが、接戦州を確認すると、ジョージアとネバダ以外はハリスの方が若干リードしている結果となっています。誤差の範囲内ではありますが、民主党が持ち直してきていると言えると述べた。

2)カナダ(オタワ)
 (1) 在カナダ日本国大使館ブリーフィング(8月27日(火) 16:30~17:30)

古谷次席公使(右)、樋口書記官(左)ブリーフィング風景
ブリーフィング風景
ブリーフィング風景
在カナダ日本国大使館前にて

*古谷公使より、日本とカナダとの関係にとって最大の課題は課題がないこと。お互いがいい国だというのは知っていても、いい国だということが必ずしも重要な国だということを意味しないのではないかということが課題だと思っていると述べ、日本にとってカナダの重要性を3つに分け整理すると、1点目は大西洋、太平洋、北極海に面する大国であり、面積は世界で2番目に大きく、GDPは世界第10位、1人当たりのGDPは日本の1.5倍から2倍弱であり、かつ政治的に安定した経済大国であるということ。2点目は、G7の一員であり、WTOあるいはCPTPP等、様々な点で協力する関係で、共通の価値観を持っている民主主義国家であり、今、権威主義の国が非常に力を強めている中で、同志国との関係は非常に重要である。3番目は、豊富な天然資源を有しているエネルギー大国であることと述べた。
また、多様な移民を受け入れている多民族国家であり、全人口の23%強が移民です。また、人口の約8割が都市部に住んでおり、カナダの南に多くの人口が集まっています。また、多民族国家であるので、外交政策の際は、カナダ国内の人たちの反応をかなり気にしながら政策を取っている感があると述べた。

(2)マクドナルド・ローリエ・インスティテュート(MLI)ヒアリング(8月28日(水) 10:00~11:30)

ジョナサン・ミラー 氏
ヒアリング風景
ヒアリング風景
ジョナサン・ミラー 氏を囲んで

*ミラー氏は今、日本とカナダに共通の課題はどういったものがあるのかというと、グローバルな環境の中でお互いに直面する課題が数多くあり、日本だけでなく、韓国、米国、そして他の国々、それらが集合体となった形で直面する問題、課題といったものもあると述べた。これらについては安全保障、軍事的な側面、経済的、サイバー、AI、気候、エネルギー安全保障と色々な点からのチャレンジがあります。そして、こういう課題には一緒になって取り組まなくてはならないということです。
私とMLI研究所では、ここ8~10年かけて、なぜインド太平洋なのか、「なぜ」というものを問いとしてきました。カナダでは、今はもう「なぜ」なのかということが分かってきたという状況です。もう正当化しなくてもいいという状況に達しました。カナダの二大政党も「なぜ」なのかということも分かっています。アジア太平洋が重要であり、インド太平洋地域は重要であるということを分かっていますので、我々が関与する必要があるということです。その「なぜ」というのはもう問わず、国民の間でも理解しているような状態であり、それは解決しています。今は次の段階として、インド太平洋戦略で何をするのか、そしてどのように、その戦略を実施していくのかに目を向けていると述べた。

(3) カナダ外交問題研究所(CGAI)ヒアリング(8月28日(水) 15:00~16:30)

マイク・ブランチフィールド 氏
リチャード・ノリス 氏
ヒアリング風景
CGAIオフィスにて

*ノリス氏は、グローバルエネルギー問題は、3つのトリレンマを通じて、我々はどのようにエネルギーを考えればいいのかということだと述べ、このエネルギーの3つからなるトリレンマは、それは安価な形で得られるエネルギー、そしてより安全で安定した供給で得られること、環境にも対応できることです。それはしばしば等しい三角形として表されますが、私の見方では、それはむしろマズローの欲求階層のような階層構造です。
エネルギーは、まず手頃な価格で安全である必要があり、その基盤の上に構築した後は、環境への影響について考える必要があります。しかし、残念ながら現実的にはそうではなく、むしろ階層的なヒエラルキーのような形でもって見られています。つまり、マズローが言っているように、ニーズに応じた形での順番になっていると述べた。
ブランチフィールド氏からは、カナダは、伝統的にエネルギー資源をいかにうまく港の方に輸送し、そこから輸出していくことができるかということが挑戦でした。しかも、アメリカを通さずに、いかにして港に資源を出すことができるのかという課題に対応してきました。2025年には、ブリティッシュコロンビア州キティマットのLNGカナダプロジェクトが稼働を開始するため、カナダのエネルギーにとって画期的な年となります。このエネルギー施設から日本も含めアジアへ直接輸出することが可能になるからです。また、アメリカとのエネルギー協力関係については、重要鉱物でアメリカと協力関係を確立しておくことにより、中国と同じ条件で貿易をしていくということを我々は目指していると述べた。

(4)デルフィン・ナカシュ オタワ大学教授(8月29日(木) 10:00~11:50)

デルフィン・ナカシュ教授
ヒアリング風景
ヒアリング風景
ヒアリング風景

*ナカシュ教授は、カナダは移民に対して非常にオープンです。新しくカナダに来る人を歓迎するオープンな姿勢は今も続いているとし、それには3つの要素があると述べた。1つ目は、多文化政策で、移民に対して非常にポジティブな姿勢を持っていることです。これまでには移民に対し反対の声、反対の施策などの試み等がありましたが、全て失敗に終わっています。
ただし、カナダは昔から開かれた国であったわけではありません。1967年までは、人種的な偏りのある政策がありました。特にアジア系に対しては、移民の受け入れに対して非常に厳しい政策がありましたが、1971年に多文化主義の政策が導入されると、それに伴い経済的な移民を受け入れる政策をとりました。加えて移民に対し2つの対応をとりました。1つは家族を合流させること。そしてもう1つは、移民に対する人道的な配慮です。カナダにおいては、一つの法律で移民と難民を取り上げています。
過去、人種的差別を行っていた政策もありましたが、今のカナダ人は、先祖の誰かがカナダに移住してきている。あるいは先住民の血が入っているなど、ほとんどが移民のDNAを持っており、移民に対して非常にポジティブな姿勢を持っています。そういった意味では、カナダはとてもユニークな国ではないかと思います。と述べた。

4.調査団メンバー 11名(所属組織名、役職は実施時)

団長 中村 まづる (政策研究フォーラム副理事長、青山学院大学 経済学部教授)
副団長 川合 孝典 (国会議員連絡会 会長、国民民主党 参議院議員)
副団長 中島  徹 (政策研究フォーラム専務理事)
事務長 中村 哲也 (政策研究フォーラム常務理事)
団員 西  央人 (UAゼンセン 福岡県支部 支部長)
団員 末  晶利 (UAゼンセン 運動推進局 副部長)
団員 山元   崇 (JP労組 中央執行委員)
団員 西   司 (JP労組 中央執行委員)
団員 向井 武俊  (電力総連 産業政策局 局長)
団員 谷川 文朗 (日産労連 副会長)
団員 小鷲 良平 (セブン&アイグループ労連 事務局長)


調査実施にあたり、外務省・現地日本国大使館など、多くの関係者の方々にご協力をいただきました。関係者の皆様に改めまして感謝申し上げます。