政研フォーラム「第15回海外調査概要報告」
2025年の政策研究フォーラム主催の第15回目海外調査は、アイルランドとイギリスを対象とし、8月23日から30日までの8日間にわたって実施されました。
イギリスとアイルランドを調査対象にした理由は、いくつかあります。イギリスは、1980年代から電気通信・電力・ガス・水道・郵便などの民営化や自由化など世界に先駆けて大胆な改革を進め、それまでのいわゆる「英国病」を克服していきました。こうしたイギリスを参考にしてEU(欧州連合)や日本も民営化や自由化を進めてきた経緯があります。1990年代以降もEUおよびNATO(北大西洋条約機構)の一員としてイギリスは年率2~3%という比較的順調な経済成長を達成しましたが、2010年代後半には国内でのEU離脱機運が高まり、2020年1月末にイギリスは正式にEUを離脱しました。当初の心配をよそにEU離脱(BREXIT)以降のイギリスは窮地に陥ることなく、環境政策、産業政策、デジタル化、TPP加入など積極的に動いています。こうしたイギリスの活力の要因を探ることが今回の訪問の重要目的でした。
一方、アイルランドはEUに加盟しつつもNATO非加盟ということで、EU非加盟・NATO加盟のイギリスとは正反対の立場にあります。アイルランドは一時期ギリシャやポルトガルと並んで深刻な債務危機(巨額財政赤字と累積債務)に陥りましたが、EUやIMF(国際通貨基金)の支援を受けて財政の健全化を実現しただけでなく、現在は世界第2位の平均所得水準を持つまでになっています。こうしたアイルランドの最近までの高成長の背景や高い平均所得をもたらした要因を探ることは、持続的な賃上げを通じて豊かさを実現しようとする日本にとっては非常に参考になると考えた次第です。
このように、今年度の政策研究フォーラム海外調査では、イギリスとアイルランドを選び、両国の経済活力の源泉や経済政策・安全保障への取り組みを探るべく、在イギリス、在アイルランド日本国大使館ならびに関係調査機関との意見交換を通じて現状や実態、政府や自治体の取り組みを探りました。
今回の調査を行うに際しては、 多くの機関、団体ならびに個人の方々に協力をしていただきました。とりわけ、在英国日本国大使館と在アイルランド日本国大使館の参事官、書記官の皆様からは、懇切丁寧な対応と説明を頂戴し、心から御礼申し上げます。短い期間の中で充実した調査の実現にご協力、ご尽力いただきました皆様、とりわけ外務省欧州局欧州第一課の皆様、浜口誠参議院議員に厚く御礼申し上げます。
1.日程 2025年8月23日(土)~8月30日(土)
2.訪問国 アイルランド(ダブリン)・イギリス(ロンドン)
3.訪問先
1)アイルランド(ダブリン)
(1) トリニティ・カレッジ・ダブリンヒアリング(8月25日(月) 10:00~12:30)




*ネイサン・ヒル氏をはじめ、アイルランドの主要な大学から、選挙システム・政治学・安全保障・国防・国際関係を専攻する専門家のデイビッドファレル教授・アンドリューコッティ教授、そして国際交流プログラムを担当するニアム・バーク氏の4名との交流をはかった。そして今、国内政治で一番の関心事は、アイルランの大統領選挙を控えており候補者がどのような顔ぶれになるのかを、私たちは大変ワクワクしている、との話があった。そして、経済は2010年にアイルランドの財政赤字はGDPの30%を超えていたが、奇跡的なV字回復を遂げ、2022年には財政赤字が消え黒字に転じ、現在アイルランドは世界で最も豊かな所得水準の国といわれているが、その要因には、多国籍企業の招致が大きな役割を果たしており、特にその中でもアメリカの多国籍企業からの海外直接投資の影響があった。しかし他方では、金融危機から復活するために厳しい緊縮政策の実施で、金融危機に見舞われて国際通貨基金(IMF)や欧州中央銀行(ECB)からの支援を受けたが、その支援条件が、国民への社会保障を大きく削減し財政を健全化することで、この財政緊縮の取り組みが、アイルランド経済を安定化させることに繋がった。ついては国民は多国籍企業の動向次第で大きな影響を受けることを理解しており、アメリカのトランプ大統領の政策により、仮に税収に大きな影響力を持つ多国籍企業が撤退した場合、国内経済に負の影響があることを経験しているので、常に問題意識は持っていると述べた。
(2) アイルランド中央銀行ヒアリング(8月25日(月) 14:00~16:00)




*トーマス氏は、この50年間アイルランドの周辺でグローバリゼーションや様々な統合が進み多くの恩恵を受け、今では世界貿易へ積極的に参加する国となった。アイルランド経済の成果は、保護貿易主義から開かれた経済へ転換しEUに加盟したことと、比較的低い税制がアメリカの直接投資を呼び込んだこと、そして1960年代に高等教育無償化政策を実施し教育の普及で労働市場が激変したことで、他にも開かれた労働政策により、海外から高等技能労働者を呼び込み生産性が高まったことが、高度技術企業・製造業・サービス業などの企業誘導に成功していると述べた。
デービット氏からは、ダブリンはフィンテックとデジタル金融サービスのひとつの集合拠点であり、様々な金融サービス企業とテクノロジー企業が積極的にコラボレーションしており調和の取れた戦略を展開している、またイノベーションの分野では、特に金融部門が活発でオペレーションでの技術的な革新など多様な人材と様々な形の事業を推進する戦略があり、アイルランド中央銀行もその戦略の中で役割を担っており、新たな技術革新を効果的にモニタリングする制度の開発と規制テクノロジー分野で企業のAIの導入や使用が進む中において、AIはまだまだ黎明期にあり企業のバックオフィスのプロセスの効率化への使用が主なものです。より複雑な取り組みへのAIの導入については、まだまだこれからだと考えています。
そしてアイルランドでも暗号通貨の資産市場における規制の動きがあるが、これについて中央銀行と各産業が手を取り合って、金融詐欺と戦うというテーマでサンドボックスプログラムを行ない様々な企業から技術革新の聞き取りと相談から、金融サービスにおいて犯罪をなくしていく方法を学び実際に実施して行くことだと述べた。
(3)在アイルランド日本国大使館ブリーフィング(8月25日(月)16:30~17:30)




*吉田参事官からアイルランドが日本との外交に力を入れるのは、経済的な関係をさらに深めたいという狙いがあります。また隣国のイギリスとの関係は、良好だと思われるかも知れませんが、歴史的には必ずしもそういうことではありません。アイルランドは何百年にわたってイギリスの植民地的な扱いを受けてきたという歴史があります。そのため、イギリスには複雑な思いを抱いているというのが実情である。一方でアメリカとの関係は非常に深く、人口約500万人の国でありながら、年に一度は首脳会談が約束されているというのが、アイルランドには誇りとなっています。経済面では、GDPがヨーロッパのトップクラスで、イギリスやドイツ、フランスを上回る水準です。
しかし30〜40年前はヨーロッパの最貧国がアイルランドでしたが、畜産などの一次産業が中心の時代から大きく変わり、今ではIT産業や製薬業が世界最高水準に育っており、世界一の規模を誇る航空機リース産業と、製薬、ITといった分野で世界的な競争力が経済成長を支えていると述べた。
2)イギリス(ロンドン)
(1) 英国労働組合会議(TUC)ヒアリング(8月27日(水) 10:00~11:30)




*EU離脱に関して、ジェフ・テイリー氏は、離脱がどういう影響を与えたかということを理解するのは大変難しい問題です。というのもEU離脱は過去20年間のイギリスと世界のグローバル経済との関係がものすごく複雑なものであって、その中でも2008年、2009年に起きた世界の金融危機、イギリスの緊縮財政を経てからEU離脱となった訳ですが、離脱の評価を経済指標で比較すると、GDPは悪影響を受けているが、政府の歳出には、悪影響を受けておらず、悪い面はあったが、他の部分では良くなった、しかし完全にそれを消すほどではなく、設備投資に関しては、急降下しており、ビジネス業界、産業界が自信をなくしてしまったということが分かりますが、奇妙に思うのはEU離脱後に、輸出はものすごく良くなっています。これらのことからEU離脱による影響を見るのは大変難しいと述べた。
(2)公共政策研究所(IPPR)ヒアリング(8月27日(水) 15:00~16:30)




*プラネシュ・ナラヤナン氏から、イギリスにおける課題は、長期的課題として産業の成長・発展が挙げられますが、短期的には賃金や住居の確保といった生活水準を高める政策が優先されます。また、EU離脱以降は通商関係が大きく変化しており、輸入も輸出も減少しており、その不透明感による不安感の増大が投資の減少を招いており、現在の労働党政権では、前保守党政権とは変わって、EUとの関係性をより密接にしようという動きがあります。
ジョシュア・エムデン氏からは、気候変動に関して、イギリスでは長年にわたり、環境問題への対処という公約を掲げ続けており、5年毎の炭素予算を策定し、温暖化対策を厳格に行なっています。エネルギー政策についても、政府では原子力政策は非常に重要かつ再生可能なエネルギーとの方針を打ち出しています。原子力政策のポイントは、原子力発電所への投資、スモールモジュラーリアクターへの投資と寿命拡張の3つだと述べた。
(3) 在英国日本国大使館ブリーフィング(8月27日(水) 16:30~17:30)




*田辺参事官からは、経済班は、経済産業全般について、英国政府とのやりとりや、英国で活動する日系企業の皆様のご支援しており、新政権の目玉政策となっているものが、保険分野(NHS)の待機者の減少、道路や鉄道、学校、病院などの公共投資の増加、企業や富裕層を中心に、国民保険料の雇用主負担の引き上げ、勤労者に寄り添うための政策として、所得税、従業員負担の国民保険料の据え置きを発表している。またトランプ政権が発足したことや、国際情勢を踏まえて、防衛費について2027年までにGDPの2.5%まで増加するということが打ち出されています。
一方でODA予算を削減することもこのタイミングで発表されています。そして、イギリス国内では、ユニバーサル・クレジット(生活保護)の追加給付の凍結や、障害者向けの自立手当の資格基準の厳格化などの福祉改革を行うことで予算を削減すことを伝えています。住宅建設などの設備投資を強化する。新たな増税はしないが、徴税強化の為に、債務管理職員の人員を強化することによって既存の税制の中で、徴税を強化することが発表されているとの説明があった。
4.調査団メンバー 10名(所属組織名、役職は実施時)
団長 谷口 洋志 (政策研究フォーラム理事長、中央大学名誉教授)
副団長 浜口 誠 (政策研究フォーラム 国会議員連絡会 、国民民主党 参議院議員)
副団長 大濵 直之 (政策研究フォーラム専務理事)
事務長 中村 哲也 (政策研究フォーラム常務理事)
団員 新 敦 (UAゼンセン 東京都支部 支部長)
団員 吉岡 保博 (UAゼンセン 政策政治局 副部長)
団員 松元 洋平 (電力総連 労働政策局長)
団員 梶川 高則 (日産労連 副会長)
団員 石川 敏也 (JR連合 産業政策局長)
団員 松川 将也 (イトーヨーカドー労働組合、中央執行書記次長)
調査実施にあたり、外務省欧州局・現地日本国大使館など、多くの関係者の方々にご協力をいただきました。関係者の皆様に改めまして感謝申し上げます。